事業所の歩み

はじめに

公営住宅標準設計54C

桐ヶ丘団地配置図

当社が設立された1952年(昭和27年)は、戦災復興の末期であった。
数年を経て、高度経済成長期が到来する。人口は急増し、都市部への人口集中が始まり、深刻な住宅不足の時代が迫りつつあった。公共主導による住宅供給が本格化しようとしていた。
当社はこのような時期に発足し、公共共同住宅や団地の計画・設計を主要業務とし、60年以降はニュータウン(NT)計画も加えて、一般国民の住宅や居住環境の向上を目指した。65年頃からは民間住宅事業者も増加して、住宅供給量も増え、72年頃には年間住宅建設量は186万戸のピークに達した。住宅難の激しかった大都市圏でも、住宅の量的不足は解決し、住宅問題は量の確保から居住水準・空間の質の向上に変化した。当社は積み重ねた経験や技術を活用して、共同住宅・団地の設計の他、団地環境の再生、既成市街地の改善、住宅技術の開発、高齢者居住への対応、その他様々な住宅問題に関する調査研究や住宅・まちづくり政策の検討に業務を拡大して今日に至っている。

始動期 1952-64年

千里ニュータウン(航空写真)

明舞ニュータウン(航空写真)

銀座再開発計画(模型写真)

青山通り再開発計画(模型写真)

市浦建築設計事務所は、当初は商業業務ビルや、米軍基地の計画等、種々の業務を行った。公的共同住宅設計の最初は、54年に行った建設省の公営住宅標準設計54Cである。これは塔状中層住宅(スターハウス)で、一層に3住戸をY字型に配置したもので、板状ばかりの団地に変化ある空間を形成するために考案された。54年春の所員数は8名であった。

標準設計の開発
55年の日本住宅公団設立後は、公団住宅の標準設計を行い、並行して各地の自治体の公営住宅設計を行った。以降当社の業務は急速に公共住宅の設計が中心となっていった。55年名古屋市の委託による千種台団地の計画や東京都の桐ヶ丘団地(56年)等、各地で団地計画を行い、経験を重ね、団地計画は当社の得意な分野となった。

ニュータウンの誕生
61年には、わが国初のニュータウン(以下NTと記す)である大阪府千里NTの計画に参加、豊中市域全域と、吹田市域(桃山台、竹見台)の計画を行い、67年完了した。ここでは当時例の無かった自動車時代に対応するまちづくりとして、歩行者専用道路網を都市全域に実現した。61年には兵庫県の明舞ニュータウンの計画も行い、63年完了。これらの業務を通じてNT計画技術が蓄積された。

都市再開発の萌芽
一方、高度成長期に入ったわが国は都市の骨格・機能・環境が先進諸国に大きく見劣りする状況にあった。当社は静岡呉服町防火帯計画(56年)、岡山市防火帯計画(60年)をはじめ、東京の銀座(59年、建築家協会)、青山通り(61年、日本住宅公団)、自由が丘(62年、首都圏不燃建築公社)、新宿西部(63年、東京都)等で他事務所と協同して再開発計画の検討を行った。
青山通り再開発において大通り沿いに連続する形で提案した複合型市街地高層住宅の具体的な設計にも早くから取り組んだ。メゾネット住戸による万世橋高層市街地住宅(58年、東京都)はそのはじめである。
これらの経験は、川西能勢口駅周辺再開発等、各地での再開発計画、防災都市計画、NT・団地のセンター計画等に関わる技術的基盤となった。

大量供給時代 1965-74年

泉北ニュータウンNO住区

多摩ニュータウン西部地区(全体計画図)

成田ニュータウン全体計画図

ニュータウンの展開
千里に続いて、65-67年、大阪府から泉北NTの基本構想、基本計画を委託され、併せて全体の約6割を占める住区の基本設計を行った。千里の経験に加えて、地形や現況植生の保存活用、地区センターとの位置関係を反映した住区・土地利用・密度等の計画、緑地帯を持つ歩行者専用道(緑道と称した)の導入等の新手法を用い、わが国におけるNT計画技術の基礎を確立した。泉北NTの緑地空間は、今も住民に高く評価されている。以降、平城・相楽NT(66年、日本住宅公団/RIA・オオバとの共同計画)、多摩NT西部地区(68-69年、東京都)、成田NT(68年、千葉県/宅地開発研究所・日本技術開発との共同計画)、香椎浜NT(69-83年、福岡市)、西神NT(69年、神戸市)、芦屋浜住宅地(70年、兵庫県)等を計画した。東京のグラントハイツ(=光が丘パークタウン、69?70年、東京都・日本住宅公団)も当社の計画である。

団地計画の拡がり
団地計画も数多く行うようになった。中層住宅では八田荘団地(65年、大阪府)、公団の石神井公園団地(66年)等がある。次第に大量の需要に応えるべく高層住宅が増加した。大阪府営塔状高層(68年)、横浜で連続して実施した公団の奈良北団地(69年)、南神大寺団地(70年)、南永田団地(70年)、都営住宅建替えの戸山ハイツ(73年)などは代表例である。中廊下型高層が多い中にあって、いずれも住戸・住棟計画の工夫で住戸の居住条件や屋外空間との関係を良好にした例である。

1 千種台団地(スターハウス)|2 奈良北団地|3 千里NTの竹見台・桃山台住区|4 八田荘団地(航空写真)|5 南永田団地配置図|6 石神井公園団地配置図|7 都営戸山ハイツ配置図

量から質への転換時代1975-84年

下細井団地

鍋島団地

入間向陽台団地

唐津市営高層住宅

大阪府営中層住宅増築

厚木ニュータウン(全体計画図)

亀戸・大島・小松川再開発事業

マシャッドニュータウン(模型写真)

住宅の大量供給の結果、住宅の量的不足は解消し、住宅の質や都市環境の向上が課題となった。それまで少なかった共同住宅設計を業務とする建築事務所も増え、魅力ある公的住宅が各地に出現した。
創設者市浦健は、81年に逝去。社長は富安秀雄となった。所員数は54名。77年には福岡事務所を開設した。

NPS(New Plan System)
当社では、中層住宅を対象に、変化ある住棟設計を可能とするNPS(新平面体系)を開発した。これを用いて77年群馬県営下細井団地を、また2階建て低層団地として、78年佐賀県営鍋島団地を設計、変化に富んだ団地環境を実現した。埼玉県営入間向陽台団地(82年)では、中庭を囲む5階建住棟を3階に設けた外廊下(立体街路)で連結した。このレベルに上がるエレベーターを設置して高齢者等の利用に配慮するとともに、玄関先を通る見通しのよい階段や3階に設けられた屋上庭園を組み合わせて住戸間交流を促す計画とした。

高層住宅の工夫
高層共同住宅は、65年以降急増したが、共用部分が貧弱な場合が多かった。当社は共用部分の充実を意図し、広い廊下や屋上利用を考慮した計画を各地で行っている。78年唐津市営高層、79年神奈川県住宅供給公社若葉台団地、82年大阪府営島江高層、などはこの例である。

中層住宅の増築
この時期当社が担当した大阪府営中層住宅増築計画は、2DKの住戸に1室と浴室を増築する計画である。住民が入居したままPC工法で増床部を積み重ねる画期的団地再生計画であった。大阪府下全域約3.0万戸を越える住戸に対して増築が行われ、住民の暮らしを豊かにした。

都市内部の面開発住宅地
この時期は、都市内の工場用地を中心に遊休地が発生し、これを住宅地に転換する計画も数多く行われた。淀川リバーサイド(80?81年大阪市・住都公団)等は、その代表的例である。亀戸・大島・小松川再開発事業(83?89年東京都)は江東防災再開発構想による防災避難拠点であり、その住宅用地(約3ha・1,175戸)の高層高密住宅計画を行った。住棟計画は現代計画研究所と共同設計である。

複合機能型ニュータウン・海外ニュータウンの計画
NT計画では、厚木NT(70?82年)、和泉NT(77?85年)、仰木NT(76?79年)、名塩NT見直し計画(84年)等、いずれも住都公団の委託で行った。75年以降は、住宅需要の変化に対応して、それまで住機能に特化していたNTを、研究・学術機能等、居住以外の機能を加え、複合機能都市に転換することが計画された。上記NT計画もこの方向で考えられた。
海外のNT計画へも参加した。マシャッドNT(73年、イラン)、カハマルカ鉱山都市(73年、ペルー)、ヨルダン北部地域総合開発計画(78年)等である。

住宅関連調査の取り組み
住宅の質や居住水準の向上に向けて、当社の実績や技術蓄積を活用して調査研究業務が75年頃から本格的に開始された。高層高密住宅居住実態調査(74年、大阪府)、大平内閣の提唱による家庭基盤の充実に資する住宅供給に関する調査研究(79年、建設省)、住要求の把握と体系化に関する調査研究(79年、住都公団)は、初期の代表的な調査研究業務である。

住宅の多様化・地域性重視・高齢化対応の時代 1985?94年

都松団地

袴腰団地

亥の子谷団地

ベルコリーヌ南大沢

幕張新都心住宅地(全体計画図)

彩都・国際文化公園都市(全体計画図)

関西文化学術研究都市(全体計画図)

ワシントン村配置図

横浜市営十日市場住宅

春宮地区建替計画

木質ラーメン構造によるまちづくり

住宅需要は85年以降、標準世帯の1次需要からよりよい生活・環境水準を求めての住み替えに重心が移った。これと並行して公共住宅の建替えも増加し始めた。86-91年のバブル期は、その最盛期で、低迷していた年間住宅建設戸数も170万戸に達した。また、わが国において、高齢化時代の到来が明らかになり、その対応が開始された。

HOPE計画の展開
公共住宅では、地域性の反映や地域活性化への貢献といった新しい役割が付加され、地域住宅計画(HOPE計画)が全国で展開された。当社は、HOPE計画制度の創設された82年以来、全国各地の市町村で研究者・地元組織等と協力して計画を作成し、その後の推進計画を行った。江津市HOPE計画(84年)は、その第号であり、その後、大阪市、和歌山市、大江町、甘楽町などで同様の計画策定を行っている。
この頃からHOPE計画にとどまらず、地域性を反映した共同住宅の設計を当社は各地で行っている。地場産の焼杉板を用いた都松団地(85年、大分県野津町)、桜島の降灰に対処した袴腰団地(88年、鹿児島県桜島町)等はその初期の代表例である。

2段階供給システムの取り組み
住宅供給の多様化に関する取り組みとしては、京都大学巽研究室の開発した段階供給システムの実施に協力し、大阪府住宅供給公社の亥の子谷団地(=エステ南千里、87-88年)の設計を行った。

高齢者住宅計画の研究と実践
高齢化への対応に関しては、84年建設省の委託で高齢化社会に対応した公共住宅のあり方に関する研究を行って以来、各地で地域高齢者住宅計画を行っている。87年には、国の制度に基づく全国初の藤沢シルバーハウジング・プロジェクトを実施し、ケア付住宅を実現した。これらの施策は後に住宅マスタープランに統合され、住生活基本計画に受け継がれている。当社は、全国各地でこの計画の作成に協力している。

CHS(Century Housing System)の取り組み
共同住宅の耐久性向上、長寿化についても、建設省の行った住機能高度化推進事業の一環であるCHS(センチュリー・ハウジング・システム)に参加、各地の公共住宅設計においてこのシステムを用いて、耐用年限の長期化を実施している。

景観形成の取り組み
都市景観形成では、その成果が高く評価された多摩NTのベルコリーヌ南大沢計画・設計(90年、住都公団)にブロック・アーキテクトとして参加し、デザインガイドラインの作成に協力しつつ担当ブロックを設計した。幕張新都心住宅地計画(88-09年、千葉県)では、全体基本計画の作成を行い、以降多くの都市プランナー・建築家・造園家等と協力して計画デザイン会議を運営した。この結果、沿道型中層住宅を主体とする斬新な都市型住宅地の景観形成に成功している。

多様な魅力を持つニュータウンの取り組み
NT計画では、大阪府の彩都・国際文化公園都市計画(85-10年、大阪府・住都公団・彩都(国際文化公園都市)建設推進協議会)や、関西文化学術研究都市計画(85-06年、関西文化学術研究都市推進機構他)に取り組んでいる。神戸・三田国際公園都市カルチャータウンでは、ワシントン村・兵庫村プロジェクトの計画・設計(88-01年、兵庫県)を行った。ワシントン村では、シアトルの建築家や造園家と協力して、道路沿いに広い緑地帯を持つ、垣根のない住宅地を計画し、併せてその維持管理方策も研究・確立し実現している。

公営住宅の建替え
この時期、当社は木質ラーメン構法開発への取り組みを開始した。耐震性の高い木構造住宅を実現する狙いがあった。86年建設省主催の新都市ハウジング・コンペに新都市型木造戸建て集合住宅(木質ラーメン構造による町づくり)を提案して入選。以降この構法の技術開発をすすめ、94年建築基準法第38条の一般認定を取得、この普及・開発のため、同年RHS技術研究所を織本匠構造研究所と共同で設置した。

93年社長は小林明となり、富安は会長となる。

市場重視・ストック重視、都市再生の時代 1995?04年

香里団地再生計画(全体計画図)

ハングコリドーシステム(透視図)

上野台団地

コンフォール柏豊四季台

フォルム千里中央

真名津団地

深沢環境共生住宅

小郡の丘(街区配置図)

ハートアイランドSHINDEN

手形山第一住宅

山名団地

阪神・淡路大震災の復興プロジェクト
95年1月17日の阪神・淡路大震災の大規模な被害は、いまだ記憶に新しい。この震災からの復興に向けて、当社は被災当初の被害状況把握に始まり、神戸市復興計画や震災復興地区住宅市街地総合整備事業(六甲地区)の計画(95年、住都公団・神戸市)に携わった。さらに続けて神戸市東部新都心住宅地(HAT神戸) (95-97年、住都公団)などの震災復興住宅の計画・設計、分譲マンション再建支援やまちづくり協議会支援(芦屋西部、森南地区)などの震災復興プロジェクトに全社を挙げて取り組んだ。

団地再生・都市再生の取り組み
95年以降は、住宅政策における「市場重視、ストック重視」の時代、都市政策における「都市再構築」の時代が本格化する。住都公団は、都市基盤整備公団(99年)へ移行し、「住宅・住宅地の大量供給から都市の基盤整備へ」業務の重点をシフトした。都市政策の面では、97年都市計画中央審議会が、都市化社会から都市型社会への歴史的転換をふまえ、今後は都市の拡張を抑制しコンパクトな都市構造への転換を図るべきであるとする都市政策ビジョンを公表した。国の都市再生プロジェクト(01年)や都市再生緊急整備地域の指定(02年-)などがすすめられた。
本格的なストック再生・ストック活用の時代を迎えて、当社は各地での団地再生、ニュータウン再生計画に先駆的取組みをすすめてきた。その代表的なものとして、香里団地再生計画(95-99年)、明舞団地再生マスタープラン(03-04年)、豊中市千里NT再生プラン(02年)、吹田市千里NT再生ビジョン(03-04年)などがある。

公営住宅ストック活用の取り組み
公営住宅ストック総合活用計画の制度創設にあたっては、最適改善手法を選択するためのマニュアル作成等に加わるとともに、山口県、埼玉県、日立市、港区等の各自治体の公営住宅ストック総合活用計画の策定を行った。兵庫県では、大団地リモデル計画(01年)、既存団地再生方策(02年)をとりまとめ、石川県営光が丘団地(01年)、福島県営蓬莱団地(01年、杜設計)、山口県営稗田団地(03-04年)等において、トータルリモデル事業に関する具体の計画設計を行っている。これらのプロジェクトで、当社は階段室型中層住棟に廊下を増設しエレベーターの効率的利用と各住戸へのフラットアクセスを可能とする技術を実現した。さらに、吊り構造を用いてローコストで廊下を付設するハングコリドーシステム(02年、BL部品開発コンペ入賞)を新日本製鐵と共同で開発し、その実用化に向けて試験施工(05年)を成功させている。さらに長崎県営諫早団地再生計画(04年)では、多様な手法を組み合わせた「段階的・総合的なリニューアル計画」の先導的モデルを提示している。

公団住宅の建替え
この時期、公団の昭和30年代建設の大規模団地の建替事業が本格的展開の時期を迎えた。当社は、多摩平団地(89年-)、上野台団地(95-05年)、東久留米団地(95年-)、豊四季台団地(04?10年)の各団地の建替事業の全体計画、建物配置設計、住棟設計、デザインガイドライン策定などの業務に参画し、長期に及ぶ事業に継続的に取り組んでいる。

分譲マンションの建替え
一方で、老朽化した民間分譲マンションの建替え問題も重要な課題として浮上してきた。当社は、この領域でも先行的な取り組みをすすめ、千里NTにおける分譲マンション建替の第1号として実現した新千里西町K-A団地(フォルム千里中央:95-96年)を皮切りに、同じく千里ニュータウン内の深谷第一住宅(ガーデンヒルズ千里中央:01-03年)、桃山台団地や豊中市旭ヶ丘第二住宅等のマンション建替支援業務に取り組んだ。そうした経験を生かしつつ、国のマンションの円滑な建替え手法の開発(総プロ:98-01年)やマンション建替え円滑化法制定に関連する調査等に協力した。

地域性を活かした住まい・高齢者に配慮した住まい
地域性を活かした住まいづくりや、高齢社会に対応する住まいづくりなどのテーマへの取り組みは、80年代の試みをさらに発展させるものとなった。鹿児島県財部町営ウッドタウン財部(89年)、名瀬市営真名津団地(90?94年)、山口県美東町営白土団地・三本松団地(93?94年)、楠町営新栄住宅(92?96年)、熊本県営堀之内団地(91?95年)、大分県野津町営戸上団地(93年)、長崎県森山町営鍬崎団地(98-99年)、青森県営幸畑団地(97-98年)、茨城県営西十三奉行団地(00-01年)などで、それぞれの地域風土に根ざしたハウジングデザインを追求し、高い評価を得た。
高齢者の住まいづくりに関しては、各地のシルバーハウジング・プロジェクトを推進するとともに、コレクティブ・ハウジングの計画・設計について、先駆的取組みをすすめた。震災復興公営住宅として実現した一連の兵庫ふれあい住宅(95-98年)では、高齢者コレクティブとともに多世代居住型のコレクティブも試みられた。また、長崎県営本原すこやか住宅(01年)では、コレクティブ形式のシルバーハウジングを実現させている。

環境共生住宅
この時期、地球規模の環境問題を背景に、環境に責任ある環境共生型住宅へのアプローチが新たなテーマとして取りあげられた。岩村アトリエと共同で取り組んだ世田谷区深沢環境共生住宅(97年)は、わが国における環境共生住宅の先駆的モデルとして高い評価を受け、01年WorldHabitat Awardを受賞した。当社は引き続き東京都営蓮根三丁目住宅(98年)、埼玉県営三芳北永井森の里団地(98年)、山口県朝田ヒルズ(99年)、石川県営大桑団地(02年)、大分県臼杵市小郡の丘(02年)などの環境共生住宅団地への取り組みをすすめている。ハートアイランドSHINDEN(97-10年)は、公団が初めて「環境共生住宅団地」の認定を受けた東京都心近傍の大型団地であり、とりわけ街並みデザインに力を注いだ。

新木質構法の開発
住宅技術開発の側面では、新木質構法(RH構法、AKジョイント)が本格的実用段階を迎えた。耐震性、耐火性、遮音性、耐久性に優れたRH構法は、各地の木造三階建て共同住宅(木三共)に採用され、神戸市営押部谷住宅(95年)を皮切りに、鹿児島県営江口住宅(98年)、長崎県西海町営丹納第2団地(00年)、秋田県営手形山第一住宅(02年)、群馬県営・高崎市営金井淵団地(05年)などが当社の設計のもとに完成した。国の木造住宅総合対策事業として実施された府中市備後の家推進事業(98-01年)、益田市石州の家─万葉─推進事業(02年)において、AKジョイント技術を用いた試作住宅の制作や生産供給体制の整備に協力した。AKジョイントを用いた木造共同住宅として、鹿児島県営牧園小谷住宅(00年)、鹿児島県営・川内市営天辰平佐団地(02-04年)、山口県営美祢・来福台住宅(02-04年)、高崎市営山名団地(05-08年)等が完成を見ている。

この間、98年に佐藤健正が社長に就任し、小林は会長となる。

1 神戸市東部新都心住宅地(HAT神戸)|2 ウッドタウン財部|3 白土団地|4 多摩平団地|5 ワシントン村|6 鋤崎団地|7 戸上団地|8 深沢環境共生住宅

市場重視・ストック重視、都市再生の時代 1995?04年

自由ヶ丘団地

熊本駅前東A地区:くまもと森都心

甲子園九番町団地

東部団地

上海鳳凰城

上海鹿鳴苑

浦江鎮基地住宅都市

青島魅力之城

北京合金団地

旗忠森林体育城住宅都市

コンフォール草加松原

社会資産建築のプロトタイプ計画案

野田村復興計画(全体計画図)

宮城県女川町災害公営住宅内覧会

2005年4月、当社は社名を「市浦ハウジング&プランニング」と改めた。創設以来一貫して受け継いできた「ハウジングを通じて社会に貢献する」という当社の使命を再確認し、内外に向けてより鮮明にするねらいがあった。
08年内田勝巳が社長に就任し、佐藤は会長となる。
06年6月に住生活基本法が公布・施行された。戦後60年を経て、初めて住宅・住生活に関する「基本法」が制定されたことによって、わが国の住宅政策も新たな段階を迎えた。90年代以降の住宅・都市政策の転換や21世紀に入っての「構造改革」を受けて、公共住宅の直接供給は大幅に縮小されることとなった。「官から民へ」の転換が要請され、社会資本整備の分野における公民連携事業(PPP:Public Private Partnership)が本格化してきた。公共住宅分野においても民間資金等活用事業(PFI:Private Financial Initiatives)をはじめとする民間活用型プロジェクトが各地で展開される時代となった。当社は00年代初頭からこうした時代の変化に合わせて、従来の公共セクターを中心とするハウジング・都市開発プロジェクトに加えて、新たな分野への進出を図ってきた。とくに、永年にわたって公共住宅に取り組んできた経験、実績を活かしつつ、公共住宅分野における公民連携事業に取り組むことを主要な方針に掲げてきた。

PPP・PFI型プロジェクト
沼津市(PFI)市営自由ヶ丘団地整備事業(06-11年)は、当社で最初のPFIプロジェクトとなった。引き続き07年には、東京都目黒区青葉台1丁目アパート建替事業、中野区中野本町4丁目住宅整備事業、09年には目黒区清水町アパート建替事業、11年には(仮称)新宿区弁天町コーポラス整備事業の4つの事業者公募プロジェクト(いずれも首都圏不燃建築公社と協同)に応募し、事業者選定を受けている。06年10月には、熊本市がわが国で初めて実施した第二種市街地再開発事業建設業務代行者募集提案競技(熊本駅前東A地区:くまもと森都心)に、事業グループ(ABILITY 11)の設計担当社として参加し事業者選定を受けた。さらに大阪府営吹田藤白台住宅(09年)、同堺南長尾住宅(09年)、西宮市営甲子園九番町団地1・2期(09年、11年)、同竹見台住宅(10年)、静岡県営東部団地(11年)の民活型建替事業についても公募型プロポーザルに参加し、いずれも共同事業者として選定された。これらのプロジェクトにおいて、当社がこれまでに蓄積してきた都市設計、住宅地設計の提案力、技術力が遺憾なく発揮され、また審査過程においても高い評価を受けている。

中国プロジェクトの展開
00年代初頭から、当社は公民連携プロジェクトとともに海外プロジェクト(主として中国)への進出にも取り組んできた。中国での業務展開に対応するため、04年に上海連絡事務所、06年に北京連絡事務所を開設した。これまでに、上海、北京、天津、瀋陽、唐山、煙台、青島、武漢、無錫、寧波、鎮江、合肥など、各地の住宅・都市開発プロジェクトに参画している。
上海市郊外の田園都市鳳凰城(99-01年、上海ハウス)は、その最も初期のもので、中国で権威のある「全国人居建築計画方案コンペ総合大賞」を、同じ上海市内の鹿鳴苑(05-07年、上海ハウス)は、「上海市優秀住宅銀賞」を受賞した。北京市で行ったスケルトン・インフィル方式の共同住宅設計プロジェクト、北京合金団地(08-10年、雅世集団)も全国建築計画設計賞の金賞をはじめ多くの賞を受賞した。このほか上海市では、旗忠森林体育城住宅都市計画設計国際コンペ(04年)、浦江鎮基地住宅都市計画設計国際コンペ(04年)、天津市では大寺新家園居住区計画設計国際コンペ(07年)に参加し、いずれも最優秀作品に選ばれている。

住宅団地再生の取り組み
住宅団地再生手法の検討も引き続き当社における重要なテーマとなっている。05年からは、国土交通省、都市再生機構、建築研究開発コンソーシアムの共同研究既存共同住宅団地の再生に関する総合検討調査(05-08年)に参画し、計画手法、事業手法、技術開発等の幅広い研究を行っている。都市再生機構の賃貸住宅に関しては、昭和40年代に建設された大量のストックの「再生・再編」のあり方が新たな検討課題として浮上している。当社は昭和40年代のモデル団地における新たな団地再生手法検討調査(06年-)、幸町団地ストック再生・活用調査(06年-)、花畑団地街づくり計画(08-10年)、草加松原団地街づくり計画(09年-)、高根台団地再生・活用調査(09年-)、千葉複合団地再生検討(11年)等を通じて、これらの問題に関する継続的取り組みをすすめている。

居住者組織によるまちの運営・管理
21世紀を迎えて、住宅・都市計画分野の重要なテーマとして、「エリアマネジメント」が浮上してきた。中心市街地等において、地区の魅力や活力を維持し続けるために、これまでの「都市づくり」から「都市をつくり、育てる」視点への転換が不可欠となってきた。郊外住宅地においても、地域の衰退や環境の悪化を防止し、資産価値を維持していくために、地域が主体となった取り組みが必要とされている。当社は、CTM(コミュニティべースド・タウンマネジメント)に関する調査(02-04年、国土交通省)、エリアマネジメントの推進に関する調査(07年、国土交通省)等に取り組み、とくに居住者組織による居住環境の維持・向上の方策に関して、継続的な取り組みをすすめている。

住生活基本計画
06年の住生活基本法に基づき、「住生活基本計画(全国計画)」が策定され「市場重視」「ストック重視」「地方分権」の方向が明示された。これに基づき住宅関連制度の見直しや制度創設が行われている。
当社は「住生活基本計画(全国計画)」策定に関与し、千葉、埼玉、京都、兵庫、山口、長崎、鹿児島等の県計画策定作業に取り組んできた。11年からは「住生活基本計画(全国計画)」の改訂作業に関わっている。また、これらの方向付けに基づく政策検討作業の一環としてリフォーム関連業務、総合的リノベーション、耐震改修・省エネ改修等の基礎調査、住宅履歴情報、中古流通関連調査等の業務を受注している。

住宅の長寿命化検討
わが国の住宅の寿命が先進国のなかでも際だって短く、住宅の長寿命化への取り組みが必要であることはかねてより指摘されてきた。06年の住生活基本法の制定、住生活基本計画の策定を期に、新たな取り組みが開始されることとなった。超長期住宅(200年住宅)への取り組みである。08年には「長期優良住宅の普及の促進に関する法律案」が国会に提出され、「長期優良住宅先導的モデル事業」が創設された。当社は、国土交通省の設置した長期優良住宅検討委員会(07-08年)への協力等を通じて、長期優良住宅ガイドラインの策定等の検討に取り組み、その後も様々な施策づくりに協力している。

建築基準法関連調査
05年に発覚した耐震偽装事件に端を発する建築基準法関連やマンション関連の調査も受注している。建築士制度の改正にかかる基礎調査、建築基本法を見据えた検討作業から建築基準法の運用状況や建築確認、定期報告、建築士事務所の実態、瑕疵担保基準等、設計・建築業務の体制や仕組みに踏み込んだ基礎検討に関わっている。

高齢者対応施策
高齢者関連事業については、09年、11年の「高齢者住まい法」の改正を機に大きく転換しつつある。当社は「高齢者安定確保計画」の受注や「サービス付き高齢者向け住宅事業」制度の検討等に関わってきた。10年以降「高齢者居住安定化推進事業」や「サービス付き高齢者向け住宅整備事業」(さつき)の補助金交付・審査事業者の事務業務を受注し、新たな業務領域となった。あわせて、これらの「サービス付き高齢者向け住宅」の安定的普及に向けてのフォローアップ調査や事例調査、評価手法等の関連調査を行い、都市再生機構の「Aging in DANCHI」プロジェクトにも協力している。

東日本大震災復興プロジェクト
2011年3月11日、東日本大震災がわが国を襲った。当社は、協力事務所と協同して岩手県野田村・普代村における市街地復興パターン概略検討および同詳細検討を実施した。続けて同じく国土交通省の岩手県北部等における災害公営住宅の計画・供給手法に係る検討、官民連携による地域特性を踏まえた災害公営住宅等の整備に係る検討、防災・危機管理および地域活性化をテーマとした災害公営住宅の検討、応急仮設住宅に係る研究等を行った。
また、「官民連携手法による災害公営住宅の整備」として災害公営住宅の買取り事業の進め方や地域型復興住宅の生産体制の検討、これに続く生産者グループ支援と災害公営住宅の指定管理等の管理体制の在り方等を検討しガイドラインを作成した。
これらに基づき、岩手県田野畑村、大槌町での災害公営住宅の買取り事業や、岩手県宮古市での敷地提案型買取り災害公営住宅事業におけるスキーム検討から実施の支援までを行った。その後も岩手県大槌町、山田町、釜石市、陸前高田市、宮城県女川町等における災害公営住宅の基本計画・基本設計に取り組み、これらは順次竣工し入居が開始されている。

東日本大震災やこのたびの熊本地震は、わが国が直面する都市・住宅問題の深刻さを明らかにしました。人口減少、少子・高齢化、地場産業の衰退、地域コミュニティの弱体化、基幹インフラの老朽化、防災対応力の不足、エネルギー・環境対策の脆弱性等です。地域の医療・福祉体制、公共交通基盤、公的財政が抱える問題も大きいと言えます。当社は「人間居住の向上」をテーマに培ってきた専門力、総合力を活かして、今後ともかかる難題に取組み、社会に貢献していく所存です。

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